技術だけでは満足できない理由。髪を通して、人は「若さ」と「立場」をデザインしている

「技術が高い=お客様の満足度が高い」
美容師としてキャリアを始めた頃、僕自身もそう信じていました。
カットが上達すれば喜ばれる。
パーマの精度が上がれば感動される。
確かに、それは間違いではありません。
でも、ある段階から気づき始めたんです。
技術をどれだけ磨いても、満足度が以前ほど比例して上がらない。
これは怠慢でも、慢心でもありません。
むしろ、ある意味で「健全な壁」だと思っています。
技術には「限界効用逓減」がある
経済学に限界効用逓減の法則(Diminishing Marginal Returns)という考え方があります。
簡単に言うと、
- 40点 → 60点:誰でも違いが分かる
- 60点 → 80点:体感として「良くなった」と分かる
- 80点 → 95点:多くの人には違いが分からない
という状態。
美容の技術も、まったく同じです。
一定のレベルまでは、技術向上がそのままお客様の満足度に直結します。
でも、職人としての合格ライン(80点前後)を超えると、
そこから先は「プロ同士でしか分からない差」になっていく。
これは個人の感覚ではなく、構造的な話です。
顧客は「閾値品質」を超えると、区別しなくなる
サービス工学では、顧客満足を左右する品質には
「閾値(Threshold Quality)」があると考えられています。
- 閾値未満:不満
- 閾値以上:満足
- 閾値以上の差分:認知されにくい
美容師に置き換えると、
技術80点以上は、すでに“満足ゾーン”に入っている
ということ。
つまり、
「95点のカット」と「85点のカット」の差は、
多くのお客様にとっては判断材料にならない。
だからこそ、
技術を磨き続けているのに、満足度が頭打ちになる
という現象が起こります。
僕が東京・ロンドンで感じた違和感
僕は東京、そしてロンドンで多くの経験をしてきました。
人種も文化も価値観も違う中で、何万人もの髪を担当してきた。
カット、カラー、パーマ、ストレート。
技術面で「困る」ことは正直ほとんどありません。
それでも、ある時からはっきり感じるようになりました。
これ以上、技術だけを突き詰めても、
お客様の満足度は劇的には上がらない。
むしろ、満足度を大きく左右しているのは
まったく別の要素でした。
人は「髪型」ではなく「自分の見え方」を気にしている
お客様が本当に気にしているのは、
- 若く見えるか
- 老けて見えないか
- 社会的立場に合っているか
- 自分らしく見えるか
です。
髪型そのものよりも、
髪を通して“どう評価されるか”を見ています。
仕事、家庭、学校、年齢、立場。
その人が置かれている環境によって、
「適した容姿」は変わる。
そこを無視して、
「似合うと思いますよ」「流行ってますよ」
だけでは、満足度は上がりません。
満足度を上げるのは、技術より「理解度」
今、僕が最も重視しているのは、
- お客様の生活背景
- 普段の行動や価値観
- 髪に対するコンプレックス
- 髪を通してどう表現したいか
そういった理解の深さです。
髪はただのパーツではありません。
その人の人生や立場と、確実につながっています。
だからこそ、
技術 × コンサルテーション × 相性
このバランスが、
満足度を大きく左右する。
技術以外のアプローチが、満足度を押し上げる
もう一つ、大きな変化があります。
それは、
美容師以外の視点を取り入れ始めたこと。
- 血流
- 自律神経
- 頭皮環境
- 体の健康をベースにした考え方
いわゆる「投与医学的な視点」です。
まだ学びの途中ですが、
このアプローチを取り入れることで、
- 白髪
- 薄毛
- 髪のハリ・コシ
に対する説得力ある提案ができるようになりました。
実際に、
「今までと違う視点で納得できた」
という声も増えています。
80点の技術 × それ以上の“関わり方”
誤解してほしくないのは、
「技術は不要」という話ではありません。
80点以上の技術は絶対条件。
その上で、
- マインド
- スタンス
- お客様への向き合い方
- 体と健康をベースにした視点
これらが掛け合わさった時、
満足度はもう一段階、確実に上がる。
僕自身、今はそこに一番手応えを感じています。
髪を通して、他の満足度を高める仕事へ
髪型が整うことで、
- 自信が出る
- 人前に出やすくなる
- 仕事がスムーズになる
- 気持ちが前向きになる
これは、技術だけでは起こりません。
理解・健康・相性・信頼。
それらを含めて初めて、
「髪を通して満足度を高める仕事」になる。
今、僕が目指しているのは、
そこです。
技術の先にある価値を、
これからも丁寧に積み上げていきます。

